ロボットアームの導入や開発において、「どのモータを選ぶか」は、動作性能やコスト、制御性に直結する極めて重要な判断です。ところが、実際の現場では──
- サーボ、ステッピング、BLDC……何がどう違って、どう選べばいいのか?
- 減速機や制御装置との組み合わせはどう考えるべきか?
- 精度やトルク、応答性など、スペックだけを見ても判断できない……。
そんな悩みを抱えたまま、「とりあえず実績のある構成」で進めてしまい、設計終盤で想定外の課題に直面するケースは後を絶ちません。実はモータ選定を誤ると、そのしわ寄せは制御設計・熱対策・可動範囲の制限・運用コスト増加と、プロジェクト全体に広がっていくのです。
本記事では、ロボットアームのモータ選定に関わるすべての要素──種類・制御方式・構成設計・環境適性・事例比較・最新技術動向──を体系化し、導入担当者・設計者が“判断に迷わない軸”を手に入れられるよう構成しています。
これを知らずに導入すると、後戻りできない“見えないコスト”を抱えることになるかもしれません。
逆に、この記事を読むことで、あなたの設計は技術的説得力と現場適合性を兼ね備えた、精度の高いものになるはずです。
ロボットアームの”心臓部”|モータが担う役割とは?
ロボットアームの動きを実現する上で、モータは文字通り”心臓部”の役割を担っています。人間の腕と同様に、ロボットアームは関節(ジョイント)とリンクの組み合わせで構成され、各関節にモータが配置されることで自在な動きを実現しています。
なぜモータ選定がロボット性能を左右するのか
モータの性能は、ロボットアーム全体の動作品質を決定する最重要要素です。精度、速度、トルク、応答性といった基本性能はすべてモータの特性に依存し、不適切な選定は期待通りの動作を実現できません。
ロボットアーム用モータに求められる要求事項を以下の表にまとめました。
要求項目 | 内容 | 影響する動作特性 |
---|---|---|
高精度位置決め | ±0.01mm以下の位置精度 | 組立・検査作業の品質 |
高トルク出力 | 負荷に応じた十分な駆動力 | 可搬重量・作業範囲 |
高応答性 | 指令から動作開始までの遅れ最小化 | 作業効率・サイクルタイム |
低振動・低ノイズ | 滑らかな動作の実現 | 作業精度・周辺機器への影響 |
高効率 | 消費電力の最小化 | 運用コスト・発熱対策 |
これらの要求を満たすモータ選定により、ロボットアームは期待される性能を発揮できます。特に高精度が要求される電子部品の組み立てや、重量物を扱う搬送作業では、モータ選定の良し悪しが作業品質に直結します。
ロボットアームの導入全般や選定基準について、価格・メーカー情報を含めた全体像を知りたい方は、こちらの導入ガイドもあわせてご覧ください。
駆動・制御・位置決め|モータと他要素の連携関係
モータ単体では理想的な動作を実現できません。減速機、エンコーダ、制御装置との組み合わせによって初めて、求められる性能を発揮します。
モータと関連要素の連携関係を以下に示します。
- モータ:電気エネルギーを機械的回転運動に変換
- 減速機:モータの高速回転を低速・高トルクに変換
- エンコーダ:回転位置・速度をフィードバック
- 制御装置:目標値と現在値の偏差を計算し、モータ出力を調整
この連携により、0.01mm単位の精密な位置決めや、滑らかな軌道追従が可能になります。特に減速機の選定では、バックラッシュ(歯車のガタ)を最小化することで位置決め精度の向上を図ります。
現場では語られない「モータ選定の盲点」──配線レイアウトが性能に与える影響
ロボットアームのモータ選定においては、トルクや精度などのスペック比較に意識が向きがちですが、実は「配線設計」も動作品質に大きな影響を与える重要な要素です。
特に高速動作や高精度が求められる現場では、以下のような問題が発生することがあります。
これらは、どれだけ高性能なモータや制御装置を使用していても、配線設計に問題があれば性能を引き出せないことを意味します。
特にロボットアームでは、可動軸が多く、狭いスペースでの配線取り回しが求められるため、ケーブルの慣性や振動の影響も無視できません。モータの選定や制御設計と同様に、配線材の種類、ルート、固定方法に至るまで、設計初期から慎重に検討する必要があります。
以下に、実務で重視すべき設計上の観点をまとめます。
設計要素 | 推奨方針 | 説明 |
---|---|---|
信号と電源の分離 | 最低50mm以上離して配線する | 信号ノイズの混入を防ぎます |
曲げストレス対策 | ケーブルの最小曲げ半径を1.5倍以上確保する | 可動部にはフレキシブルケーブルの使用が効果的です |
コネクタ品質 | 防塵・耐振動タイプでロック機構付きの製品を採用する | 接触不良や緩みを防止できます |
ケーブル慣性軽減 | 高耐屈曲かつ軽量なロボット用ケーブルを選定する | アーム動作への影響を最小限に抑えます |
このように、モータの選定はスペックの比較だけでなく、制御・機構・配線といった周辺要素との整合性を含めて評価することが求められます。
特に配線に関するトラブルは、表面化しにくいにも関わらず、動作停止や誤動作の原因として多く報告されています。設計段階で見落としがちな部分だからこそ、早い段階から配慮しておくことで、トラブルの未然防止と長期的な信頼性の確保につながります。
ロボットアームのモータ性能を最大限に引き出すためには、配線設計まで含めた「全体最適」の視点が不可欠です。設計者にとっては、この視点こそが他との差別化要因となり、結果として現場の評価や製品の品質向上に直結します。
用途でここまで違う!ロボットアームのモータの種類と特徴を比較
ロボットアーム用モータには、主に4つのタイプが使用されており、それぞれ異なる特徴と適用分野を持っています。用途に応じた最適な選択が、システム全体の性能と経済性を決定します。
サーボモータ|高精度×応答性重視の用途に最適
サーボモータは、位置や速度の精密制御が可能な高性能モータです。エンコーダによるフィードバック制御を内蔵し、目標値に対して高精度で追従できます。
サーボモータの性能特性を以下に示します。
特性項目 | 性能値 | 備考 |
---|---|---|
位置決め精度 | ±0.01mm以下 | エンコーダ分解能に依存 |
応答時間 | 1ms以下 | 電流制御ループの高速化により実現 |
速度制御範囲 | 1:10000 | 低速から高速まで安定制御 |
トルクリップル | 3%以下 | 滑らかな回転を実現 |
産業用ロボットの90%以上でサーボモータが採用されている理由は、これらの優れた特性にあります。特に電子部品の組み立てや精密加工において、その真価を発揮します。
ブラシレスDCモータ(BLDC)|軽量・高寿命で省エネ
BLDCモータは、ブラシとコミュテータを排除することで、高効率と長寿命を実現したモータです。メンテナンスフリーの特性により、連続運転が求められる用途で重宝されています。
BLDCモータの主要特性は以下の通りです。
- 効率:90%以上(ブラシ付きDCモータの75%に対し大幅改善)
- 寿命:50,000時間以上(ブラシ摩耗がないため)
- 速度制御範囲:1:100(サーボモータより劣るが十分実用的)
- ノイズレベル:40dB以下(静音性に優れる)
協働ロボットでの採用が増加している背景には、人間との近接作業において静音性と安全性が重視されることがあります。また、軽量化により消費電力の削減も実現できます。
ステッピングモータ|低コストで簡易制御が可能
ステッピングモータは、パルス信号に応じて一定角度ずつ回転するオープンループ制御モータです。エンコーダなしでも位置決めが可能なため、システムが簡素化できます。
ステッピングモータの実用性を以下にまとめました。
利点 | 詳細 |
---|---|
低コスト | サーボシステムの1/3程度の価格 |
簡単制御 | パルス数で位置指令が可能 |
停止時保持力 | 電源オフでも位置を保持 |
オープンループ制御 | エンコーダ不要でシステム簡素化 |
ただし、負荷変動に対する適応性が低く、過負荷時に脱調(ステップ外れ)が発生する可能性があります。研究用や教育用ロボットアームでの採用が多く、±0.1mmの位置決め精度を要求する用途に適用されています。
油圧・空圧モータ|高トルク・耐環境性が求められる現場で活躍
重機や建設ロボットなど、大トルクと耐環境性が要求される分野では、油圧・空圧モータが選択されます。電動モータでは実現困難な大出力を効率的に得られます。
油圧・空圧モータの特徴は以下の通りです。
- 出力密度:電動モータの10倍以上
- 耐衝撃性:機械的衝撃に対する高い耐性
- 応答性:高速な力制御が可能
- 耐環境性:高温・粉塵環境での動作が可能
一方で、制御の複雑さや保守性の課題があり、精密な位置決めが必要な用途には不向きです。現在では、電動化の流れを受けて適用範囲が限定されつつあります。
実は見落とされやすい「複数モータ構成」の最適化という視点
ロボットアームの設計では、1種類のモータを全関節に均一に使うことが正解とは限りません。特に多関節ロボットでは、各関節ごとに求められるトルク・応答性・制御性が異なるため、モータを「使い分ける」という考え方が重要になります。
たとえば、ベース部分(第1軸・第2軸)はアーム全体の重量を支えるため大トルクが必要となり、高出力のサーボモータが適しています。一方で、先端の関節(第5軸・第6軸)は軽量・高速での追従性が求められるため、応答性の高いBLDCモータやコンパクトなステッピングモータを組み合わせる選択肢もあります。
複数モータを部位ごとに最適化することで、以下のような設計メリットが得られます。
関節部位 | 推奨モータ | 主な理由 |
---|---|---|
ベース軸(第1・2軸) | 高トルク型サーボモータ | 可搬重量と剛性が最優先 |
中間軸(第3・4軸) | 中型サーボまたは高応答型BLDC | バランス重視の可変構成 |
先端軸(第5・6軸) | 小型BLDCまたはステッピングモータ | 軽量化・省エネ・コスト削減 |
このような使い分けを行うことで、全体のコストパフォーマンスを高めながら、動作性能と制御性の両立が可能になります。
また、関節ごとに異なるモータを使用する場合は、各軸間の慣性バランスや制御周期の調整が不可欠です。制御システムが全軸を統一制御するためには、異なる特性を持つモータを統合的に扱えるモーションコントローラやドライバ構成の工夫も求められます。
このような複数モータ構成の最適化は、設計現場でこそ実践されているものの、一般的にはあまり語られていない領域です。

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しかし実際には、ロボットアームの性能と信頼性を最大化するために、極めて重要な設計判断となります。
「どのモータが良いか」だけでなく、「どの軸に、どのモータを、どのように組み合わせるか」という視点を持つことが、現場で結果を出すロボット設計の第一歩と言えるでしょう。
なお、各軸に異なるモータを採用する場合、制御システム側での同期性や動作チューニングも重要になります。
現場でロボットアームを意図通りに動作させるためのプログラミングや調整方法については、こちらの記事で詳しく紹介しています。
ロボットアームに最適なモータを見極める3つの視点 【選定ガイド】
モータ選定では、技術仕様だけでなく、実際の使用条件や将来的な拡張性も考慮した総合的な判断が必要です。以下の3つの視点から体系的にアプローチすることで、最適解を導き出せます。
可搬重量・トルク要求の見極め方
ロボットアームのモータ選定で最初に検討すべきは、必要トルクの算出です。可搬重量、アーム自重、動作速度から要求されるトルクを正確に計算する必要があります。
トルク計算の基本式と安全係数を以下に示します。
計算項目 | 計算式 | 安全係数 |
---|---|---|
重力トルク | T_gravity = (W_payload + W_arm) × L × cos(θ) | 1.2倍 |
加速トルク | T_accel = I × α | 1.5倍 |
摩擦トルク | T_friction = μ × N × r | 1.3倍 |
総要求トルク | T_total = Σ(各トルク × 安全係数) | – |
ここで、W_payloadは可搬重量、W_armはアーム重量、Lは重心距離、θは関節角度、Iは慣性モーメント、αは角加速度を表します。
実際の設計では、最悪条件(最大負荷・最高速度・最不利姿勢)での計算を行い、十分な余裕を確保します。過小設計は動作不良の原因となり、過大設計はコストアップを招くため、適切な安全係数の設定が重要です。
精度・応答性と制御方式の関係
要求される位置決め精度と応答性によって、適切なモータタイプと制御方式が決まります。高精度・高応答が必要な用途ほど、高性能なモータと制御システムが必要となります。
用途別の精度・応答性要求と推奨モータを整理しました。
- 超高精度用途(±0.001mm):リニアモータ + 光学エンコーダ
- 高精度用途(±0.01mm):サーボモータ + 高分解能エンコーダ
- 標準用途(±0.1mm):サーボモータ + 標準エンコーダ
- 一般用途(±1mm):ステッピングモータ + パルス制御
- 低精度用途(±10mm):DCモータ + 簡易制御
制御方式も精度要求に応じて選択する必要があります。PID制御、状態フィードバック制御、モデル予測制御など、より高度な制御アルゴリズムほど高精度を実現できますが、システムの複雑性とコストが増加します。
使用環境(温度・振動・メンテ性)で変わる最適解
ロボットアームが使用される環境条件は、モータ選定に大きな影響を与えます。清浄な実験室から過酷な工場環境まで、条件に応じた適切な選択が必要です。
環境条件別の推奨モータ仕様を以下にまとめました。
環境条件 | 推奨モータ | 必要対策 |
---|---|---|
高温環境(50℃以上) | 耐熱仕様サーボモータ | 強制冷却・断熱対策 |
粉塵環境 | 密閉型BLDCモータ | IP65以上の保護構造 |
振動環境 | 堅牢型ステッピングモータ | 制振対策・取付剛性向上 |
腐食環境 | ステンレス筐体モータ | 耐食処理・定期点検 |
クリーン環境 | 低発塵仕様モータ | パーティクル対策・静電気対策 |
メンテナンス性も重要な選定要素です。
ブラシレスモータは基本的にメンテナンスフリーですが、ブラシ付きモータは定期的なブラシ交換が必要です。24時間連続運転が求められる用途では、メンテナンス頻度を最小化できるモータの選択が運用コスト削減に直結します。
実務で差がつく「ライフサイクルコストと故障モードの設計評価」
モータを選ぶ際、多くのケースで性能スペックと制御方式に焦点を当てますが、実際には導入後のライフサイクルコスト(LCC)や故障傾向も重要な判断基準です。以下の観点で評価を行うと、導入後のトラブル回避と最適選定が可能になります。
故障モードを予測する視点
ロボットアームのモータ周辺では、長期運用や環境変化に伴ってさまざまな故障モードが発生します。これらの多くは、設計段階での「予測」と「対策」によって事前にリスクを低減することが可能です。以下に、代表的な故障モードとその原因、設計での配慮点を整理しました。
故障モード | 発生原因(想定) | 設計段階での配慮 |
---|---|---|
ブラシ摩耗・故障 | ブラシ付きモータで発生 | メンテ性評価、非ブラシ型の選択 |
ベアリング劣化 | 振動・高負荷による寿命低下 | 耐荷重仕様・定期交換計画 |
冷却不良 | 発熱過多や環境温度上昇 | 放熱設計・温度センサーの有無 |
エンコーダ読み取りエラー | ノイズ混入・コネクタ緩み | シールド配線・振動・防塵設計 |
これらの故障は、稼働後に発生してから対応するのではなく、初期段階から設計の一部として組み込むことで、大幅なダウンタイム削減と保守性向上につながります。

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特に信頼性が求められる製造ラインや24時間稼働の設備では、これらの設計視点がコスト以上の価値を生み出します。
ライフサイクルコストの視点で評価する要素
- 初期投資:高効率モータや回転部の防塵仕様など、選定時のコスト
- 運用コスト:発熱による冷却電力、定期メンテナンスによる停止時間
- 保守コスト:交換部品(例:エンコーダ、ベアリング)の手配・工数
- ダウンタイム影響:故障時の工程停止による生産ロス
これらを定量化すると、初期構成よりトータルコスト優先で最適選定できる設計判断が可能になります。性能スペックや制御方式だけでなく、実際の故障傾向やメンテナンスのしやすさ・運用コストを含めた評価軸を採用することが、現場に即した設計判断です。
モータ単体では性能不足?減速機・センサとの一体設計の重要性
ロボットアーム用モータは、単体で使用されることはありません。減速機、エンコーダ、制御装置との組み合わせによって初めて、要求される性能を発揮できます。これらの構成要素の特性を理解し、最適な組み合わせを選択することが成功への鍵となります。
なぜ減速機が必須になるのか
モータの基本特性は「高速回転・低トルク」ですが、ロボットアームには「低速回転・高トルク」が求められます。この特性変換を担うのが減速機です。
減速機の効果と選定ポイントを以下に整理しました。
効果項目 | 説明 | 選定ポイント |
---|---|---|
トルク増大 | 減速比に比例してトルクが増加 | 必要トルクから減速比を決定 |
慣性モーメント低減 | 負荷慣性を減速比の2乗で割った値に低減 | 応答性向上に寄与 |
位置決め精度向上 | エンコーダ分解能が減速比倍に向上 | バックラッシュとのトレードオフ |
振動抑制 | 負荷変動の影響を減速比で除した値に低減 | 剛性との兼ね合いが重要 |
ロボットアーム用減速機として広く使用されているハーモニック減速機は、単段で100:1以上の高減速比を実現し、バックラッシュを1弧分(0.017度)以下に抑制できます。これにより、高精度な位置決めが可能となります。
減速機選定では、バックラッシュ、ねじり剛性、効率のバランスを考慮する必要があります。高精度が要求される用途ではバックラッシュレス減速機を、高速動作が必要な用途では高効率減速機を選択します。
エンコーダ・フィードバック制御の基本と選定の勘所
エンコーダは、モータの回転位置と速度を検出し、制御システムにフィードバック情報を提供する重要な要素です。エンコーダの性能が、システム全体の精度と応答性を決定します。
エンコーダの種類と性能特性を以下にまとめました。
- インクリメンタル型:パルス数で相対位置を検出、高分解能・低コスト
- アブソリュート型:絶対位置を直接検出、停電後の位置復帰不要
- 光学式:高精度・高分解能、環境の影響を受けやすい
- 磁気式:耐環境性に優れる、精度は光学式に劣る
- 容量式:小型・薄型、限定的な用途
フィードバック制御では、エンコーダからの位置・速度情報を用いて、目標値と現在値の偏差を計算し、モータ出力を調整します。制御の基本構造は位置ループ、速度ループ、電流ループの3重ループ構成が一般的です。
エンコーダ分解能の選定では、要求される位置決め精度の10倍以上の分解能を確保することが推奨されます。±0.01mmの位置決め精度が必要な場合、エンコーダ分解能は0.001mm以上(減速機込み)を選択します。
実務で差が出る「センサ配線と同期信号の取り扱い」
減速機・エンコーダとの連携を論じる際、見落とされがちなのが「センサ配線」と「信号同期」です。高度な精度と安定動作を確保するためには、以下のような実践的設計配慮が必要です。
エンコーダ信号の扱い設計上の注意点
項目 | 推奨設計 | 理由 |
---|---|---|
シールド配線 | 信号線はツイストシールドで束ね、防振クランプも併用 | ノイズ混入による位置ずれ防止 |
帯域同期 | エンコーダのA/B位相信号をデジタルI/Oで常時同同期 | 位相ずれによる誤計算防止 |
温度影響対応 | ケーブルの温度特性を確認し、絶縁耐熱仕様の確保 | 温度変動による屈曲や読み間違い抑制 |
伝播遅延差 | 多軸制御では、信号ライン長を揃えて通信遅延を最小化 | 軸同期制御でのズレ軽減 |
こうした信号処理・配線設計は、カタログやスペック表に記載されず、設計現場での知見に依存するため、他では得にくい情報です。
センサ同期と制御レスポンスの関係
例えば、第3軸と第4軸でエンコーダ読み取りタイミングがずれると、非同期で駆動しようとする制御誤差が積み重なり、軸間同期しているはずの動作精度が劣化します。この状況は、高精度動作では致命的な問題になる場合があります。
以下に挙げる設計手法は、実務レベルでの信号処理の信頼性を高めるために有効です。
- FPGAやリアルタイムOSを用いて、エンコーダ信号を同一条件で動作させる
- 通信バスではなく、物理的信号線で直接同期を確保する設計
- 複数エンコーダ混在環境では、フェールオーバー設計も併用
これらの設計ノウハウは、見落とされがちな「制御の信頼性と再現性」を担保するために不可欠であり、高精度・高稼働率が要求される現場でこそ真価を発揮します。
長期稼働を支えるケーブル設計の“見えない差”
ロボットアームの安定稼働を実現するためには、制御回路やセンサ精度だけでなく、「ケーブル設計とその保護構造」が極めて重要です。特に、可動部や振動環境下では配線の劣化やノイズによる誤動作が起きやすく、以下のような設計配慮が現場信頼性を大きく左右します。
- 電力線とエンコーダ信号線の分離配置により、ノイズ混入を防止
- ケーブルの取り回しに屈曲寿命保証のあるロボットケーブルを使用
- 振動部では光ファイバ信号伝送の検討も検討
- 信号接続点には金属製シールドカバーを装備して防塵性能を強化
これらの設計は一見すると地味ですが、“壊れにくい設計”こそが高可用性システムの前提条件です。長期運用を前提とする産業用途では、単なる信号伝送以上の視点でケーブル設計に向き合うことが求められます。
ロボットアーム制御技術の進化が”動きの精度”を変える
ロボットアームの制御技術は、従来のPID制御から高度な適応制御、学習制御へと進化を続けています。これらの新しい制御技術により、より高精度で効率的な動作が実現できるようになっています。
PID制御・トルク制御と最新アルゴリズムの違い
従来のPID制御は、位置偏差、速度偏差、積分偏差の3つの要素を組み合わせてモータ出力を決定する制御方式です。シンプルで調整が容易な反面、非線形性や外乱に対する対応能力に限界があります。
制御方式の比較を以下に示します。
制御方式 | 特徴 | 適用分野 | 制御精度 |
---|---|---|---|
PID制御 | シンプル、調整容易 | 汎用用途 | ±0.1mm |
状態フィードバック制御 | 多変数制御可能 | 高精度用途 | ±0.01mm |
モデル予測制御 | 制約条件考慮可能 | 最適化重視 | ±0.005mm |
適応制御 | パラメータ自動調整 | 環境変化対応 | ±0.01mm |
学習制御 | 繰り返し動作学習 | 定型作業 | ±0.001mm |
最新のトルク制御では、各関節のトルクを直接制御することで、より柔軟で人間らしい動作を実現できます。特に協働ロボットにおいて、安全性と作業効率の両立に貢献しています。
計算トルク制御やインピーダンス制御など、ロボットの動力学モデルを活用した制御手法も普及が進んでいます。

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これらの手法により、重力補償や動的干渉の補償が可能となり、高精度な軌道追従を実現できます。
強化学習やAI制御の最新事例と今後の可能性
近年の制御技術では、AIと機械学習を組み合わせたアプローチが加速しています。従来の制御理論では実現が難しかった柔軟で複雑な動作を、データを通じて“学習”させることで可能にする技術群です。以下は、ロボットアームに応用されている代表的な学習手法とその概要です。
- 深層強化学習:試行錯誤を通じて最適な制御則を学習
- 模倣学習:人間の実演データから動作を学習
- オンライン学習:運転中にリアルタイムで制御パラメータを最適化
- マルチモーダル学習:視覚・触覚情報を統合した制御
- 転移学習:既習得スキルの新タスクへの応用
東芝の研究では、従来数千のデータが必要だったオフライン強化学習を、わずか100程度のデータで実現する技術が開発されています。これにより、現場での実用的な学習制御が可能となりました。
また、Google社(DeepMind含む)のロボットアーム制御研究では、様々な環境条件下での最適動作を学習し、人間を上回る精度での作業実行が実現されています。将来的には、事前プログラミング不要の自律的な作業実行が期待されています。
これらのAI制御技術は、従来の数値制御やモデルベース制御では対応が難しい領域において、ロボットアームの適用範囲を大きく広げています。特に、人との協働や未知環境での対応力が求められる用途において、その実用性は年々高まっています。
精密制御を支える「エンコーダ信号設計」の現場ノウハウ
減速機・エンコーダとの連携を論じる際、見落とされがちなのが「センサ配線」と「信号同期」です。高度な精度と安定動作を確保するためには、以下のような実践的設計配慮が必要です。
エンコーダ信号の扱い設計上の注意点
項目 | 推奨設計 | 理由 |
---|---|---|
シールド配線 | 信号線はツイストシールドで束ね、防振クランプも併用 | ノイズ混入による位置ずれ防止 |
帯域同期 | エンコーダのA/B位相信号をデジタルI/Oで常時同同期 | 位相ずれによる誤計算防止 |
温度影響対応 | ケーブルの温度特性を確認し、絶縁耐熱仕様の確保 | 温度変動による屈曲や読み間違い抑制 |
伝播遅延差 | 多軸制御では、信号ライン長を揃えて通信遅延を最小化 | 軸同期制御でのズレ軽減 |
これらの対応は、制御精度そのものに直結する要素であり、特に高速かつ協調動作を求められる多関節ロボットでは、設計段階から意識しておくべき重要ポイントです。制御アルゴリズムの性能を最大限に発揮させるには、信号処理設計との一体化が不可欠です。
センサ同期と制御レスポンスの関係
例えば、第3軸と第4軸でエンコーダ読み取りタイミングがずれると、非同期で駆動しようとする制御誤差が積み重なり、軸間同期しているはずの動作精度が劣化します。この状況は、高精度動作では致命的な問題になる場合があります。
こうした問題への対応として、以下のアプローチが効果的です。
これらの設計アプローチは、表面的な性能比較では見えない「制御品質の裏側」を構成する要素であり、設計・実装の段階で初めて活かされる大きなポイントです。高精度制御を必要とするすべての現場で、実装前から取り入れるべき設計要件といえます。
ノイズ・断線・劣化を防ぐ「配線・接続設計」の実務対策
高性能なモータや制御装置を採用していても、配線や信号接続の不備が原因で思わぬトラブルに発展するケースは少なくありません。
特にロボットアームのような可動範囲が広く、かつ連続動作が前提となるシステムでは、ケーブルの取り回しや接点の信頼性設計が動作安定性を大きく左右します。以下に、現場で実効性の高い対策とその背景をまとめました。
- 電力線とエンコーダ信号線の分離配置により、ノイズ混入を防止
- ケーブルの取り回しに屈曲寿命保証のあるロボットケーブルを使用
- 振動部では光ファイバ信号伝送の検討も検討
- 信号接続点には金属製シールドカバーを装備して防塵性能を強化
これらの対策は、いずれも「後からでは取り返しがつかない設計ミス」を未然に防ぐための重要な配慮です。信号品質と耐久性を両立させる配線設計こそが、ロボットアームの“安定稼働”を支える土台となります。
ロボットアームの実例で学ぶ!モータ選定と構成設計の成功パターン
理論的な知識だけでなく、実際の成功事例から学ぶことで、より実践的なモータ選定と設計が可能となります。以下に、代表的な用途での成功パターンを紹介します。
協働ロボット|軽量・高応答の組み合わせ事例
協働ロボットでは、人間との安全な共同作業を実現するため、軽量化と高応答性を両立する必要があります。デンソーウェーブのCOBOTTA シリーズの成功要因を分析しました。
協働ロボット設計の成功要因を以下にまとめました。
設計要素 | 採用技術 | 効果 |
---|---|---|
モータ | 高効率BLDCモータ | 発熱抑制・軽量化 |
減速機 | ハーモニック減速機 | 高精度・コンパクト |
制御 | トルクセンサ統合制御 | 安全性確保・柔軟動作 |
筐体 | アルミダイキャスト | 軽量・高剛性 |
配線 | 内蔵ハーネス設計 | 干渉回避・美観向上 |
この設計により、6kgという軽量でありながら3kgの可搬重量を実現し、人間の作業空間での安全な共同作業を可能としています。トルクセンサによる力制御により、接触時の衝撃を最小化する安全機能も搭載されています。
このように、個々の部品性能だけでなく、それらを「いかに統合し、全体最適を実現するか」という視点が、ロボットアームの完成度を決定づけます。見た目やサイズ感が同じであっても、内部設計の工夫次第で動作精度や耐久性に大きな差が生まれることを忘れてはなりません。

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設計の背景にある「目的意識」が、製品価値そのものを形成するのです。
工作機械用ロボット|剛性・トルク優先の設計事例
工作機械分野では、高い切削力や振動に対する耐性が求められるため、剛性とトルクを優先した設計が採用されます。ファナックのロボドリルシステムの設計思想を分析しました。
工作機械用ロボットの特徴的な設計要素は以下の通りです。
- 高出力サーボモータ:定格トルクの3倍以上の瞬時最大トルク
- 高剛性減速機:ねじり剛性100Nm/arcmin以上
- 高分解能エンコーダ:1,000万パルス/回転以上
- 重量級フレーム:鋳鉄製で振動減衰性を確保
- 強制冷却システム:連続高負荷運転に対応
この設計により、±0.005mmの位置決め精度と、1000Nの切削力に対する十分な剛性を確保しています。工作機械としての要求品質を満たしながら、従来の専用機に比べて30%のコストダウンを実現しています。
なお、川崎重工のduAroシリーズでは、双腕構成により重量物の安定把持を実現し、工作機械分野での新たな可能性を切り開いています。
研究用アーム|柔軟性と拡張性を両立させる設計
研究用ロボットアームでは、多様な実験に対応できる柔軟性と、将来的な機能拡張に対応できる拡張性が重要です。理化学研究所での研究用アーム開発事例を紹介します。
研究用アーム設計のポイントは以下の通りです。
- モジュール化設計:関節単位での交換・追加が容易
- オープンアーキテクチャ:第三者製ソフトウェアとの連携対応
- 多種センサ対応:力覚・視覚・触覚センサの統合可能
- 制御アルゴリズム変更:リアルタイムでの制御則切り替え
- 安全機能:緊急停止・力制限・特異点回避
このような設計により、基礎研究から応用研究まで幅広い用途に対応でき、研究の進展に応じた段階的な機能向上が可能となっています。特に、AIアルゴリズムの検証プラットフォームとして高い評価を得ています。
設計者が陥りやすいロボットアームの落とし穴とその回避策
ロボットアーム設計において、経験豊富な設計者でも陥りがちな問題があります。これらの落とし穴を事前に把握し、適切な対策を講じることで、プロジェクトの成功確率を大幅に向上させることができます。
モータ過負荷・振動・温度上昇の原因と対処法
最も一般的な問題の一つが、設計段階での負荷計算不足による運用時の過負荷です。カタログ値での計算だけでなく、実使用条件での検証が必要です。
過負荷・振動・温度上昇の原因と対策を体系化しました。
問題 | 主な原因 | 対策方法 |
---|---|---|
モータ過負荷 | 負荷計算不足・安全率不適切 | 実負荷測定・動的解析実施 |
アーム振動 | 固有振動数と励振周波数の共振 | 剛性向上・制振材追加 |
モータ温度上昇 | 冷却能力不足・連続高負荷 | 強制冷却・デューティサイクル調整 |
位置決め精度悪化 | バックラッシュ・熱変形 | 予圧機構・温度補償 |
制御不安定 | ゲイン設定不適切・ノイズ混入 | ゲイン調整・ノイズ対策 |
過負荷対策では、最大負荷時だけでなく、加減速時の瞬時負荷も考慮する必要があります。特に高速動作時には、慣性力により定常負荷の数倍の負荷が発生することがあります。
振動対策では、アーム構造の固有振動数を制御帯域の3倍以上に設定することが推奨されます。

Factory DX
運営事務局
制御帯域が100Hzの場合、構造の1次固有振動数を300Hz以上に設計します。
配線設計・放熱・ノイズ対策の実務ノウハウ
ロボットアームの信頼性を左右する重要な要素が、配線設計・放熱設計・ノイズ対策です。これらは往々にして軽視されがちですが、適切な対策により大幅な性能向上が期待できます。
実務で重要な設計ノウハウを以下にまとめました。
配線設計では、ロボットの動作範囲全体でケーブルに過度なストレスがかからないよう、ケーブルルートを慎重に計画する必要があります。特に回転軸では、ケーブルのねじれを防止する機構が重要です。
放熱設計では、モータだけでなく制御装置の発熱も考慮し、筐体全体の熱設計を行います。自然空冷で不十分な場合は、強制空冷やヒートパイプの採用を検討します。
ロボットアームのモータに関するよくある質問と回答|FAQ
- サーボモータとステッピングモータ、どちらを選ぶべきですか?
要求精度が±0.1mm以下ならサーボモータ、±1mm程度でコストを重視するならステッピングモータを推奨します。サーボモータは負荷変動に対する適応性が高く、ステッピングモータは制御が簡単です。
- 減速比はどのように決めればよいですか?
必要トルクとモータ定格トルクの比から基本減速比を決定し、位置決め精度要求からエンコーダ換算分解能を確認して最終決定します。一般的には10:1〜100:1の範囲が多用されます。
- モータの発熱対策はどの程度必要ですか?
連続運転では定格電流の80%以下、間欠運転では120%以下を目安とします。筐体温度が50℃を超える場合は強制冷却を検討してください。温度センサによる保護回路も必須です。
- バックラッシュはどの程度まで許容できますか?
一般的な産業用途では3弧分以下、精密用途では1弧分以下が目標です。ハーモニック減速機では0.5弧分以下も実現可能です。位置決め精度の1/10以下を目安としてください。
- エンコーダの分解能はどう決めればいいですか?
要求位置決め精度の10倍以上の分解能を確保します。±0.01mmの精度が必要なら、減速機込みで0.001mm以下の分解能が必要です。過大な分解能は制御負荷を増やすだけなので注意が必要です。
- 複数軸の同期制御で注意すべき点はありますか?
各軸の応答特性を統一し、同じ制御周期で動作させることが重要です。軸間の機械的結合がある場合は、動力学的な干渉を考慮した制御設計が必要となります。
- 協働ロボットには、どのようなモータが求められますか?
安全性確保のため、トルクセンサ内蔵型や電流制限機能付きモータが推奨されます。また、人間との接触を考慮した低慣性・高応答性も重要な要素です。
- 高速動作時の振動を抑制する方法はありますか?
構造剛性の向上、制振材の追加、軌道計画の最適化が有効です。特に加減速パターンをS字カーブにすることで振動を大幅に抑制できます。
- モータの寿命はどう予測すればいいですか?
負荷率、使用温度、動作頻度から総合的に判断します。ブラシレスモータの場合、ベアリング寿命が支配的で、L10寿命20,000時間程度を目安とします。予防保全計画の策定も重要です。
- 制御パラメータはどのように調整すればいいですか?
まず電流ループから調整し、次に速度ループ、最後に位置ループの順で行います。各ループで安定性を確認してから次に進むことが重要です。オートチューニング機能も活用してください。
まとめ|ロボットアームのモータ選びは”動作品質”を決める設計の要
ロボットアームの性能は、構造設計や制御アルゴリズムだけでなく、「どのモータを、どのように選ぶか」によって大きく左右されます。動きの滑らかさ、位置決めの精度、応答の速さ、そして安全性まで、すべてはモータの特性とその活かし方にかかっています。
本記事で紹介した通り、可搬重量やトルク要求だけでなく、使用環境や精度要件、制御方式との整合性までを踏まえた“多角的な選定視点”が不可欠です。また、減速機やエンコーダとの一体設計、配線やノイズ対策といった周辺要素も、最終的な動作品質を支える重要なピースとなります。
特に近年では、協働ロボットや狭小空間での利用拡大により、「軽量・高応答・安全動作」が求められるケースが増えており、従来の選定基準だけでは不十分になる場面も多くなっています。
つまり、モータ選定は単なる部品選びではなく、“設計思想そのもの”の表れです。
動作品質に妥協しないためには、仕様書では読み取れない現場視点の知見と、設計者自身の判断軸が求められます。
今後のモータ選定においては、性能値の比較にとどまらず、「どんな現場で、どんな使われ方をするのか」を想定し、最適ではなく“最適化された”選定を意識することが、ロボットアームの完成度を高める近道となるでしょう。