AGV(無人搬送車)は、物流や製造現場において人手不足を補い、省力化や生産性向上を実現する強力なパートナーです。自動で動き、24時間働いてくれる頼もしい存在――そんな印象を持たれる方も多いかもしれません。

しかし、実際の現場では「導入したはいいが、すぐ止まる」「ちょっとした不具合で現場が混乱する」といった声が少なくありません。その原因の多くは、ハードの性能ではなく“導入後の運用体制”にあります。

どんなに高性能なAGVであっても、放っておけば埃をかぶり、センサーは誤作動し、バッテリーは劣化します。人間と同じで、日々の点検とケアがなければ長く元気に働いてはくれないのです。

本記事では、AGVを「買ったあと、どう使いこなすか?」という視点から、保守・点検体制の作り方や運用ルールの工夫、そして実際に多くの企業がつまずいたリアルな事例まで、実践的な内容を交えて解説します。

AGV保守・点検が重要な理由

故障による稼働停止は想像以上に高コスト

AGVの故障により搬送が停止すると、作業がストップするだけでなく、人員を増やして対応したり、納期に間に合わず顧客に迷惑をかけたりと、目に見えないコストが膨らみます。1時間の停止で数十万円の損失につながることもあります。

安全性の確保と労災防止

センサーや停止機構の不具合は、作業者との接触事故にもつながります。特に人が多く出入りする倉庫や工場内では、小さな異常が大きな事故につながりかねません。定期的な点検は、安全を維持するための最低限の対応です。

保証・サポート適用の条件になることも

一部のメーカーでは、適切な点検・保守が行われていないと、故障時の保証対応を受けられないことがあります。また、メンテナンス記録がないと、リモートサポートや交換部品の手配も遅れるケースがあります。

よくある導入後トラブルと原因分析

ケース1:毎日の運用で汚れ・埃が蓄積し誤動作

→ タイヤやセンサー部に付着した汚れが原因で、進行方向を誤認識したり、停止位置がずれる不具合が発生。清掃ルールがなかったため、蓄積が進行していた。

ケース2:搬送ルート変更後にSLAM精度が低下

→ 建屋内のレイアウトを変更したが、SLAM地図を更新していなかったため、自己位置推定が狂い、目的地に到達できなくなった。SLAMの仕組みを理解していなかったのが原因。

ケース3:担当者が退職して運用ルールが消失

→ 属人的に管理していた点検手順や連絡フローが途絶え、異常時に誰も対処できずトラブルが長期化。マニュアルの整備がされていなかった。

点検・保守の分類と頻度

日常点検(現場オペレーターが実施)

  • 外観確認(タイヤの摩耗、異物付着)
  • バッテリー残量の確認
  • 異常ランプ・音の確認

これらは毎日の運用前・運用後に5分程度で確認可能です。専用のチェックリストを用意することで、確認漏れを防げます。

定期点検(週次・月次・年次)

  • メーカーや保守業者による精密点検
  • センサーキャリブレーション
  • 部品交換、ファームウェアアップデート

点検頻度や内容はAGVの種類や使用環境によって異なりますが、最低でも年1回のメーカー点検は推奨されます。

保守サービスの比較表

サービス内容実施主体頻度備考
緊急トラブル対応メーカー/代理店随時契約により即日~翌日対応
定期メンテナンスメーカー月次/年次点検内容は契約による差異あり
ソフトウェア保守メーカー/SIer半年~年次SLAM更新、設定最適化など
教育サポートメーカー/代理店導入時/年1回動画マニュアル・集合研修など

社内で構築すべき運用ルール

点検チェックリストの運用

  • 毎日/毎週の点検項目を明文化
  • 担当者と実施日時を記録
  • 不具合を発見した場合のメモ欄も設ける

■ 日常点検チェックリスト(サンプル)

現場オペレーターが毎日使えるチェックリストの例を以下に示します。簡単な項目でも記録する習慣が、安全性と安定稼働につながります。

点検項目内容実施状況備考・異常内容点検者日時
外観確認傷、異物付着、破損の有無□正常 □異常
タイヤ状態摩耗、異物の巻き込み□正常 □異常
センサーレンズの汚れ・破損の確認□正常 □異常
バッテリー残量出庫前の残量確認□正常 □異常
異音確認起動時・走行時の異音□正常 □異常
異常ランプ表示の有無□正常 □異常
通信確認管理システムとの接続状況□正常 □異常

異常時の報告・対応フロー

  • 担当者→上長→メーカー連絡の流れを明確化
  • 連絡先・契約番号を一覧にして現場掲示
  • フロー図で視覚化すると理解が深まりやすい

マニュアルと教育体制の整備

  • 動画+PDFマニュアルの併用
  • 異常ランプの意味や操作ロックの解除方法を図解付きで記載
  • 新入社員や派遣社員にも対応可能な簡易版マニュアルを用意

中小企業でも実現できるミニマム保守体制

構成要素推奨内容
担当者1名(他業務兼任でも可)
点検頻度毎日5分の点検+月1点検
外部サポート年次契約(SLAM更新・整備)
予備部品タイヤ・バッテリーのみ準備

最低限の体制でも、日常点検とトラブル時の連絡ルールを明確にすることで、安定稼働が十分可能です。

異常時の対応フロー(テキスト図)

以下は、異常が発生した際の標準的な対応フローをテキスト図解としてまとめたものです。現場での判断を迅速にするため、印刷して掲示することを推奨します。

┌──────────────┐  
│ ① AGVが異常停止 │  
└────┬─────┘  
     ↓  
┌────────────────────┐  
│ ② 現場担当者が現物を確認する │  
│    ・異常ランプ、動作音、表示等 │  
└────┬─────────────────┘  
     ↓  
┌────────────────────────────┐  
│ ③ エラーコード・状態ログを記録(写真や記入)│  
└────┬────────────────────────┘  
     ↓  
┌────────────────────────────┐  
│ ④ マニュアル・チェック表で初期対応できるか確認 │  
└────┬────────────────────────┘  
     ↓YES                                ↓NO  
┌────────────┐          ┌────────────────────────────┐  
│ ⑤ 初期対応を実施 │          │ ⑤ メーカー・代理店に連絡(連絡先一覧参照) │  
│ (リセット、清掃など) │          │ ・型番、ログ、状況を共有 │  
└────────────┘          └────────────────────────────┘  
     ↓                                  ↓  
┌────────────┐          ┌────────────────────┐  
│ ⑥ 点検記録に入力 │          │ ⑥ 現場対応 → 修理 or 交換判断 │  
└────────────┘          └────────────────────┘  

この対応フローは、A3サイズで印刷してAGVステーション付近に掲示することで、誰でも迅速に対応できる体制づくりにつながります。

■ 対応記録のテンプレート例

実際に異常が発生した際の対応記録は、後続の原因分析やメーカーとのやりとりにも活用できます。以下は現場で使える記録シートの例です。

項目内容記入欄
異常発生日時(例:2025/04/03 10:42)
発見者名(例:山田 太郎)
発生場所(例:第2搬送ライン・東側)
AGV機種・ID(例:AGV-100SL / ID: 0021)
異常内容(例:停止位置が大幅にずれる。SLAMマップ読み取りエラー)
表示されたエラーコード(例:E-1052)
初期対応の有無□あり(内容:リセット・センサー清掃) / □なし
メーカー等への連絡□実施済(日時:/担当者:/対応先:)
対応結果・備考(例:センサー清掃で復旧。マップ更新を依頼予定)

この対応フローは、A3サイズで印刷してAGVステーション付近に貼り出すと効果的です。

まとめ:”運用力”がAGVの寿命を決める

  • AGVは導入後の”習慣化”こそがROIを最大化するカギです。
  • 保守点検は”人”と”仕組み”の両輪で支える必要があります。
  • 予算が限られていても、最小単位の体制でスタート可能です。
  • 最初から完璧な仕組みを目指すのではなく、徐々に改善していく姿勢が重要です。