静まり返った現場に、ガタンという異音が響く――。
搬送中のAGVが、濡れた床に差しかかった瞬間、油に足を取られたように横滑り。積載物は斜めに傾き、作業員が駆け寄るまでに、すでに部品が床に散乱していた。実際にこうした事故は、「ちょっとした湿り気」や「気づかれない油膜」で簡単に起こります。

特に、洗浄作業の直後や屋外からの搬入ルート、潤滑油を使うライン近くでは、タイヤがわずかに濡れるだけでグリップ性能が著しく低下し、AGVの制御が効かなくなるケースが後を絶ちません。
「現場は乾いているはず」「大丈夫だろう」という思い込みが、滑走事故と損害、そして信用低下につながるのです。

本記事では、そうした失敗を未然に防ぐために、なぜAGVは滑るのかという構造的原因から、現場設計・機種選定・運用メンテナンスに至るまで、具体的で実践的な失敗防止策を詳しく解説します。
濡れた路面でも確実に動くAGVとは何か? その答えを、現場目線で見ていきましょう。

なぜAGVが濡れた路面で滑るのか

タイヤ性能と路面の摩擦係数の関係

滑りの根本原因は、AGVタイヤと路面との間の「摩擦係数」にあります。通常の乾燥路面では、タイヤがしっかりと地面を捉え、制動や旋回がスムーズに行えます。しかし水や油が存在すると、摩擦係数が急激に低下し、グリップ力が大幅に落ちます。

摩擦係数と素材の違いが引き起こす滑走リスク

AGVの滑りやすさは、路面の状態とタイヤの材質によって決定されます。以下は、それぞれの組み合わせごとに摩擦係数と滑走傾向を整理した比較表です。

路面状態タイヤ素材摩擦係数(μ)滑りやすさの傾向
乾燥・平坦ゴム0.7〜0.9滑りにくい
濡れた路面ゴム0.4〜0.6やや滑りやすい
濡れた路面硬質プラスチック0.2〜0.4滑りやすい
油が付着ゴム0.1〜0.3非常に滑りやすい
油が付着硬質プラスチック0.05〜0.2極めて滑りやすい

摩擦係数が0.3を下回るとAGVは制御不能に近づきます。特に油と硬質タイヤの組み合わせは滑走リスクが極端に高く、事故発生率も跳ね上がります。

水分や油分による滑りやすさの増加

特に厄介なのが、作業者の目視では分かりにくい「微量の油膜」です。清掃後でもわずかに残った油分が、タイヤの接地面に付着し滑走を引き起こします。さらに湿度が高い場合には、床面に結露が発生し、これも滑走の要因となります。AGVは人と違い“視覚的判断”ができないため、路面の変化をセンサーで検知しない限り、突発的なスリップに弱いのが現実です。

油・水に強いAGVの選定基準とは

防滑タイヤとセンサー性能の確認ポイント

AGV導入時の失敗の多くは、滑走リスクを前提にした機種選定が行われていないことにあります。現場の環境を踏まえた選定基準が必要です。

AGV選定時にチェックすべき防滑性能とセンサーの要件

滑りやすい現場に対応できるAGVを選ぶためには、タイヤ素材や制御センサーなど複数の仕様を確認する必要があります。以下のチェックリストを導入前検証に活用してください。

確認項目推奨基準・仕様例備考
タイヤ素材の耐油性耐油ゴム、EVA混合素材NBRゴムなどが一般的
トレッドパターン排水・排油パターンありスリック形状は避ける
路面認識センサーの有無IR、LiDAR、カメラ複合型路面状況のリアルタイム検出
スリップ検知システムスリップ率5%以上で制御補正作動制動・回避制御へ自動切替
防塵・防水規格(センサー部)IP65以上洗浄環境・湿潤環境対応

導入後に滑走事故が発生する多くの原因は、事前の仕様確認漏れにあります。とくにセンサー精度と防滑設計の適合確認は必須です。

路面対応型モーターと制御システムの選定

濡れた路面に対応するには、トルク制御が滑らかに調整できるモーターと、スリップ時にブレーキ・加速を最適化する制御システムが必要です。これにより滑りやすい路面でも安定して走行できる性能が確保されます。

滑り防止に失敗しないAGV運用設計

湿度や油分に対応する走行ルート設計

運用上の最大の落とし穴は「滑りやすいルートを走らせ続けること」です。走行経路の設計段階から、滑走リスクを最小化する視点が必要です。

路面条件を考慮した走行ルート設計のチェックポイント

現場内の路面状況を反映したルート設計は、AGV運用の安定性を大きく左右します。以下は、湿潤・油面環境での運用設計時に注視すべきポイントを整理した表です。

評価ポイント説明内容推奨対応策
恒常的な濡れエリア洗浄ライン付近、屋外搬送との接続部排水・段差回避ルートの設定
一時的な油分発生箇所機械周辺、潤滑ライン、メンテナンス区画感知センサー併用+制限速度化
急勾配やスロープ上下移動ルート、ピットエリアグリップタイヤ+低速走行
ルート渋滞箇所合流点、交差点渋滞時自動ブレーキ制御導入

「どこで滑るか」を事前に想定できるかどうかが設計精度の分かれ目です。リスクエリアの可視化と制御設計が滑り防止の基本です。

緊急停止・制動距離最適化の重要性

油や水で滑りやすい路面では、緊急停止時の制動距離が大きくなりがちです。事前に停止距離を試験し、安全エリアの確保とAGV同士の距離設計を行うことで、衝突や荷崩れのリスクを抑えることが可能です。

湿潤路面でも安定稼働するAGV導入事例

油漏れが多い現場で滑り事故ゼロを達成した事例

東日本の部品加工工場では、機械潤滑用の油が頻繁に床に漏れ、AGVが滑走して積載物を破損する事故が相次いでいました。作業員も「滑るから近づきたくない」と敬遠する状態に。
その現場では段階的な対策を講じた結果、滑走事故ゼロを実現しました。

滑り事故ゼロを実現した現場の段階的改善ステップ

油分が常態的に存在する現場で、実際にAGVの滑走事故ゼロを実現した成功事例を、対策の流れと成果に分けて整理したテキスト図解です。

ステップ実施内容成果・効果
Step 1油分発生エリアのマッピング高頻度通過ルートを可視化
Step 2タイヤ素材と溝形状の見直し停止時の滑走距離を30%削減
Step 3路面状態検知センサーの導入リアルタイム制御で誤動作ゼロへ
Step 4運用ルートと待機エリアを分離安全待機+搬送継続の両立

重要なのは“いきなり完全対策”を目指さず、段階的に現場適応させていくことです。順序を誤らないことで、運用中断を最小限に抑えつつ滑りを防止できます。

湿潤環境での運行安定性を向上させた成功事例

別の組立系工場では、屋外搬送ラインと連結していたことで雨天時に床が滑りやすくなり、制動時のズレが常態化していました。センサーによる路面検知と走行速度自動調整の導入により、雨天時でも通常通りの運行が可能に。作業員からは「雨の日でも何も気にせず作業できるようになった」という声があがっています。

滑りやすい路面に対応するAGVメンテナンスポイント

定期的なタイヤ交換とメンテナンス方法

滑走対策の盲点になりやすいのが、タイヤの劣化と摩耗です。摩耗が進むと排水性能が落ち、滑りやすくなります。特に油環境ではタイヤの表面が膨潤しやすく、早期交換が必要です。月次点検時には、接地面の状態と素材劣化の有無を目視と手触りで確認することが推奨されます。

路面環境に応じたタイヤ圧の調整と管理

タイヤの空気圧も、グリップ性能に直結する要素です。特に油や水で濡れた路面では、適正空気圧の調整が滑走防止に有効です。

路面状態に応じた最適空気圧の目安と管理ポイント

滑りやすい環境では、タイヤの空気圧管理がグリップ性能に直結します。以下は路面条件に応じた推奨空気圧の目安と注意点をまとめた表です。

路面状態推奨空気圧(kPa)注意点
乾燥路面350〜400標準圧、高荷重対応も可能
湿潤路面300〜350やや低圧でグリップ確保
油分がある路面250〜300過度な低圧は偏摩耗リスクあり

空気圧が適正でない場合、滑りやすくなるだけでなくタイヤの偏摩耗や破損リスクも高まります。定期的な調整と環境に応じた柔軟な運用が求められます。

まとめ|濡れた路面でも安定して稼働するAGV選びと運用対策

滑走事故は、発生してからでは遅く、多くの現場では事故後にAGVの不信感が高まり「やっぱり人手のほうが安心」という判断に戻ってしまうことさえあります。

しかし、滑走の原因はAGVそのものではなく、「環境への未対応」にあるのが現実です。
タイヤの素材、ルート設計、制御システム、空気圧、そして運用設計のすべてが、滑走事故を左右します。すでに成功事例も多数あり、適切な対応をとれば、濡れた路面でもAGVは安全に稼働できます。

もし現場に「この辺、よく濡れる」「このルートだけAGVがよく止まる」といった気になる点があるなら、今が見直しのタイミングです。失敗しないために、いまから備えることができます。

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※本記事は、複数の企業で実際に起きた事例や現場インタビューをもとに構成したモデルケースです。掲載している数値や運用内容は一例であり、すべての環境に適用されるとは限りません。導入をご検討の際は、自社環境に即した確認と専門家のアドバイスをおすすめします。