AMR(自律走行搬送ロボット)を導入すれば、現場の搬送作業が自動化され、生産性が一気に向上する——
そう信じて高機能モデルを導入したものの、「地図がずれる」「走行が止まる」「現場の変更に追いつけない」など、思わぬトラブルに悩まされる現場は少なくありません。

原因の多くは、ロボットの頭脳ともいえるSLAM(自己位置推定と地図作成)方式の選定ミスにあります。特に2D SLAMと3D SLAMの違いを正しく理解せず、価格やカタログスペックだけで選んでしまうと、導入後の稼働率や保守負荷に大きな差が出てきます

「うちの現場は複雑じゃないし、2Dで十分なんじゃないか」
「どうせ入れるなら高性能な3Dのほうが安心だろう」

そんな直感的な判断の先にあるのは、使いこなせないAMRと増え続ける運用工数です。

本記事では、2Dと3D SLAMの技術的な違いだけでなく、どのような現場に適しているのか、どちらを選ぶべきかを診断チャート・事例比較・マッチング表を交えて徹底解説します。

高いAMRを入れたのにうまく動かないと後悔しないために——
この記事が、現場に合ったSLAM方式を見極める第一歩になります。

SLAM技術がAMRの“頭脳”を決める――まず押さえるべき2Dと3Dの違い

AMR(自律走行搬送ロボット)の走行には、単なるセンサーやプログラムだけでなく、「自己位置推定」と「マッピング」を同時にこなす技術が欠かせません。

それがSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)です。SLAMとは、ロボットが自ら地図を生成しながら、同時に自分の位置を把握する技術を指します。

このSLAM技術には「2D SLAM」と「3D SLAM」の2種類があり、現場の構造や運用環境に応じて選定を誤ると、搬送の安定性や再学習の手間に大きな差が生じます。

たとえば、段差があるにも関わらず2Dを選んでしまった場合、ロボットが地形を正確に認識できず「地図がずれる」「停止・迷走が頻発する」といったトラブルの温床になります。

このセクションでは、2Dと3DそれぞれのSLAMの仕組みと現場適性を、具体的な構成とともに解説していきます。

AMR導入は2D SLAMで十分?“シンプルな現場”に最適な選択肢とは

2D SLAMは、床面に対して水平方向の距離を測定する2次元LiDAR(レーザーセンサー)を用いて、構内のマップを生成します。センサーが床面や壁、障害物との距離を読み取り、それを基に“上から見た地図”を作成し、自分の位置を推定します。

構成がシンプルで、LiDAR単体で構成されることが多く、センサーフュージョン(複数センサーの組合せ)を必要としません。そのため導入・保守コストも抑えられ、中小規模の現場に向いています

特に、構内の搬送ルートが毎日変わらず、障害物も設置物もほぼ動かない工場の工程間搬送では、2D SLAMが効果を発揮します。導入初期に一度マップを作れば、あとは安定したナビゲーションが可能です。

変化の多い構内でも止まらないAMRへ──3D SLAMが発揮する本領とは

3D SLAMは、3D LiDAR・ステレオカメラ・IMU(慣性計測装置)などを組み合わせて、空間を立体的に把握する方式です。単に床面だけでなく、上下方向の情報、障害物の高さ、奥行きまでを考慮に入れた「3次元の地図」をリアルタイムで構築します。

センサーから得た情報を高度に処理し、たとえ視界が一時的にふさがれてもIMUの情報で自己位置を維持できるなど、信頼性の高い走行が可能になります。

たとえば、作業員が頻繁に通路を横切り、パレットが置かれる位置も時間帯で変わるような物流拠点では、2Dでは障害物の変化をうまく捉えられずにナビゲーションエラーが発生します。3D SLAMであれば、こうした動的な状況も含めて環境を立体的に認識できるため、安定した搬送が可能となります。

AMRの現場適性を比較!2Dと3D SLAMの違いをひと目で把握

以下の表は、2Dと3D SLAMの技術的な違いと現場適性を一目で比較したものです。

項目2D SLAM3D SLAM
マッピング方式平面(2D)立体(3D)
センサー構成LiDAR単体が主流LiDAR+カメラ+IMUなど複合構成
初期導入コスト低め高め
計算処理負荷小さい大きい
精度(複雑地形)不得意得意
適用現場単純レイアウト段差・傾斜・高棚などを含む複雑環境

この表からも分かるように、2D SLAMは“平面で完結する現場”であれば高コスパに機能し、3D SLAMは“変化に富む空間”でこそ真価を発揮します。選定を誤ると、導入後に再学習や走行不安定といった問題に直面するリスクがあります。

AMRが動かない原因に?現場条件で分かれるSLAM方式の“向き・不向き”

SLAM方式の選定においては、「構内の形状」や「人・物の動き」が極めて重要な判断軸になります。この章では、実際の現場風景に即して、2D SLAMと3D SLAMの向き・不向きを具体的に見ていきましょう。

2D SLAMが活きるのは、“動きが少なくシンプルな現場”

以下のような条件がそろった現場では、2D SLAMが高いコストパフォーマンスで機能します。

  • 工場の定型ライン搬送(例:部品供給や加工工程間の往復搬送)
    → 配置が固定されており、ルート変更もほぼ発生しない
  • フラットな床面が続き、障害物がほとんどない倉庫エリア
    → 壁や柱の配置も一定で、センサー情報がぶれにくい
  • 初期投資コストを抑えたい中小企業の製造現場
    → 必要最小限の設備で、安定稼働が求められる

2D SLAMは、こうした「変化の少ない環境」において、最小限の構成で最大限の効果を発揮します。特に床面が平坦で、作業者の往来が少ない現場では、マップの再学習も少なく済み、運用の手間が抑えられます。

3D SLAMが力を発揮するのは、“立体・動的・複雑”な現場

次のような構内条件に該当する場合、2Dでは情報が不十分で、3D SLAMの立体認識力が欠かせません。

  • 傾斜や段差、突起物の多い工場構内や複雑な通路構成
    → 2Dでは段差を「壁」と誤認するなど、誤走行の原因に
  • 多層棚や高所棚など、立体構造を活用する物流倉庫
    → 上下の構造を読み込める3Dマッピングで、正確な位置把握が可能
  • 作業員やパレット、台車などが動き続ける動的環境
    → 3D SLAMなら、視界が遮られてもIMUで位置を維持し続けられる

とくに、“地図が毎日少しずつ変わる”ような構内では、再学習の柔軟性が鍵になります。3D SLAMは「動き」「高さ」「奥行き」すべてを捉えることで、走行中の自己位置ロストを回避し、稼働率を高く保ちます。

AMR導入前に確認!現場別SLAMマッチング早見表で最適方式を見極める

以下は、代表的な構内環境におけるSLAM方式の適合例です。選定時の判断基準として活用ください。

現場環境適したSLAM方式理由
フラットな床・障害物が少ない2D SLAM単純な地形で構成が少なく、2Dで十分対応可能
傾斜や段差がある構内3D SLAM高低差を含む地形情報を正確に把握できる
多層棚・高所棚がある物流倉庫3D SLAM上下の構造を認識し、マップ化できる
作業員・パレット・台車が動き続ける3D SLAM動的な環境変化にも自己位置を安定保持できる

このマッチング表を活用すれば、自社現場の構造や運用に照らし合わせながら、最適なSLAM方式の方向性を早期に判断することが可能になります。

AMRが止まる・迷う?マッピング精度が導入後に左右する運用安定性

SLAM方式の選定は、導入時のマップ作成だけでは終わりません。むしろ本番運用が始まってから、日々のレイアウト変更や想定外の障害物、トラブル時の復旧対応といった「動く現場」に対応できるかが問われます。

ここでは、2D SLAMと3D SLAMが持つマッピング精度とその運用面への影響を、3つの観点から解説します。

マッピングの密度と正確性の違い

2D SLAMは、床面や壁などの“輪郭線”しか捉えることができません。そのため、障害物の上に積まれた物体や、天井付近の吊り下げ棚などは検出できず、地図上に反映されないことがあります。

一方、3D SLAMは高さや奥行きといった情報も取得できるため、構内の立体構造全体を詳細にマッピング可能です。多層構造の倉庫や天井が低く設備が張り巡らされた製造ラインでは、こうしたマップの精密さがナビゲーションの安定性に直結します。

レイアウト変更に対する柔軟性

2D SLAMでは、構内の一部でもレイアウトが変わると、その箇所のマップデータが破綻し、再学習が必要になる場合があります。現場によっては、そのたびにAMRの走行が停止し、作業が滞る事態も発生します。

これに対して3D SLAMは、地形や構造物の変化に対して比較的スムーズに追従できます。高さや位置の微差を捉えた上で再補正が可能なため、「動きながら学習する」ことができ、構内の柔軟運用に強みがあります。

トラブル対応の確実性と安定性

2D SLAMでは、搬送中に人や台車がセンサーの前を横切ると、一時的に自己位置を見失い“迷子”になることがあります。とくにセンサーが遮られやすい通路や、交差点付近ではこのリスクが高まります。

一方の3D SLAMは、視界が遮られてもIMU(慣性センサー)やマルチセンサーによる位置推定を継続できるため、エラーの発生率が抑えられます。復旧も早く、再学習の頻度を減らせることから、結果的に稼働率と現場全体の作業効率に貢献します。

AMRに最適なSLAM方式は?5つの質問で導く現場診断チャート

「自分たちの現場は2Dで足りるのか、それとも3Dが必要なのか?」この問いに答える第一歩として、以下の5問で簡易診断を行えます。

以下の質問に「YES」で答えた数に応じて、適性スコアが算出されます。

SLAM方式選定チャート(テキスト診断)

Q1. 障害物の多い構内環境である → YES:2点 / NO:0点
Q2. 棚が高く、上下移動がある → YES:2点 / NO:0点
Q3. 傾斜・段差がある → YES:2点 / NO:0点
Q4. レイアウト変更が多い → YES:2点 / NO:0点
Q5. コストを最優先したい → YES:-1点 / NO:0点

スコア合計による判定:

  • 0〜2点:2D SLAM向き(環境が単純で、構成の簡素さが活きる)
  • 3〜9点:3D SLAM向き(複雑な要素に対応できる安定性が必要)

このチャートを活用することで、「自分たちの現場がどれほどの認識力を求めているか」を可視化でき、検討段階での思い込みや直感判断から脱却できます。

AMR導入の分かれ道|2Dで成功した製造現場と3Dが活きた物流事例

SLAM方式の選定は、スペックの比較だけでは見えてきません。
ここでは、実際にAMRを導入した2つの企業の事例を通じて、「なぜその方式が選ばれたのか」「何が功を奏したのか」を具体的に見ていきます。

設備が動かない現場には“シンプルさ”が活きた|製造業の2D SLAM導入

関東圏の精密部品工場では、工程間の部品搬送に2D SLAM型のAMRを採用しました。構内は床が完全にフラットで、固定配置の機械と通路がはっきり区切られており、棚や障害物の移動もない環境でした。

AMRは既存のカゴ台車と連携し、あらかじめ定められたルートを繰り返し往復。初回のマッピング以降、ほぼメンテナンスなしで安定稼働しています。

現場の作業員からは「搬送のタイミングが読みやすく、手待ちが減った」との声もあり、人とロボットが衝突するリスクもほぼありませんでした。AMR導入初期には一部でセンサーの反応調整が必要でしたが、それ以降の再学習は不要で、限られた予算内で自動化を実現できた成功事例です。

段差・人・棚が常に変化する現場で“3Dの強さ”が光った|物流業の3D SLAM導入

広域物流拠点を運営するB社では、立体棚が並ぶ複雑構内と、通路を頻繁に横切るスタッフ・台車の存在が大きな課題でした。当初は2D SLAMで検討が進みましたが、障害物が頻繁に出入りする環境下では走行安定性に不安が残ると判断され、3D SLAM型AMRを採用

導入後、AMRは作業員の往来がある時間帯でも安定して走行を継続。高さのある多層棚の間でも自己位置を見失うことなく、構内マップを常に更新しながら運行する様子に、現場からは「まるで人間のように環境を読んで動いている」と驚きの声が上がりました。

導入初期は、立体構造の一部がマップに過剰反映される事象もありましたが、パラメータ調整により早期に安定化。今では「再レイアウト時にAMR側が先に気づいてルートを調整した」との報告もあり、柔軟性の高さが際立つ結果となっています。

両社の事例に共通する“選定の軸”とは何か

2Dと3D、どちらが自社に適しているかを考える際、実際の導入企業が「なぜその方式を選び、どう成果を得たのか」を整理することは非常に有効です。

以下の比較表では、製造業と物流業、それぞれの現場で導入されたAMRのSLAM方式と、その選定理由・工夫・成果までを一望できる形で整理しています。

比較項目製造業A社(2D SLAM)物流業B社(3D SLAM)
現場の特徴フラット・固定レイアウト段差・高棚・人や台車の往来が多い
選定理由単純構造で2Dで十分対応可能動的・立体環境に3Dの認識力が必要
導入時の工夫既存のカゴ台車とAMRを連携IMU+LiDARで構造変化にも対応
初期トラブルセンサー反応調整が必要棚構造の過剰検出 → パラメータ調整で改善
成果メンテナンスほぼ不要、低コスト自動化再学習不要、稼働中でも自己位置を安定保持

補足説明:この表から明らかなように、製造業A社では環境の単純さコスト抑制ニーズが選定理由となり、2D SLAMによるシンプル構成で成功しています。一方で物流業B社は、人・物の動きと立体構造が複雑に絡む現場であったため、より柔軟で高精度な認識力をもつ3D SLAMを採用。トラブル対応力の高さが、安定稼働の決め手となりました。

両社ともに、「高精度な技術」よりも「現場の条件に合った選定」を重視していた点が共通しており、これはSLAM方式選定の本質を物語っています。

どちらの現場も、選定時に共通して行っていたのは以下のような観点での判断でした。

  • 現場の構造が「固定」か「変動」か
  • 障害物や人の動きが「静的」か「動的」か
  • 再学習やメンテナンスに割ける工数はどの程度あるか

このように、「センサーの種類」や「精度の高さ」だけでなく、日々の運用における“現場のリアル”を基準に選んだことが、選定成功の分かれ目となっています

AMR選定は現場次第──高精度よりROIを左右する“適合性”を見極めよ

SLAM方式の選定においてありがちなのが、「性能の良いものを選べば安心だろう」という考えです。
しかし、AMRの効果は“走らせて初めて”現場で実感されるものであり、構内条件と選定方式のミスマッチは、大きな機会損失につながります。

2Dと3D、それぞれに明確な強みと限界があり、それを「誰の目線で」「どの業務工程に対して」導入するかで、最適解は変わります。

導入当初に少しでも見落としがあると、あとから発生するのは次のような課題です。

  • 少しの棚移動でAMRが立ち止まり、都度再学習が必要になる
  • センサーが段差を壁と誤認し、意図しない回避動作をとる
  • 変化の激しい構内でAMRが“迷子”になり、オペレーションが止まる

こうしたトラブルを回避するには、「初期コスト」「精度の高さ」だけでなく、日々のメンテナンス性や構内変化への柔軟性も含めた“総合判断”が必要です。

記事内のチェックチャートや事例で紹介したように、まずは自社の現場を客観的に見つめ直すことから始めましょう。床面の形状、人や台車の動き、レイアウト変更の頻度など、AMRにとっての“難所”を洗い出すことで、最適なSLAM方式が見えてきます。


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